皇室

 小生が皇室の事に対し論じる事、その物が恐れ多いが、皇位は男子、長子と言うところが有る。しかし皇位は男系の女子、男子、末子が美風であろう。

 女性天皇 第三十三代 推古天皇(額田部室女)

        第三十五代 皇極天皇(宝皇女)

        第三十七代 斉明天皇(  〃  )

        第四十一代 持統天皇(鸕野讚良)

        第四十三代 元明天皇(阿閇皇女)

        第四十四代 孝謙天皇(阿部内親王)

        第四十六代 称徳天皇(   〃   )

        第百九代   明正天皇(興子内親王)

        第百十七代 後桜町天皇(智子内親王)

 そもそも〝天皇〟の名称         が初めて使われたのが607年第三十三代 推古天皇陛下(初の女性天皇)の時である。摂政役で政治を行っていた聖徳太子に国書を出し、小野妹子が支那・隋の皇帝に国書を宛てた「日出ずる処の天子、書を日没          する処の天子に致す、恙無きや」により 推古天皇陛下は対等と主張し、3回目の遣隋使の国書には「東の天皇、敬みて西の皇帝に白す」 ここで初めて〝天皇〟の名称が登場した。

 

 男子しか認めないと言う事は万系一統の二千六百年以上続く皇室に対し傷を付けるも同然である。

 長男が位を継ぐのは日本の文化ではなく、王道的な大陸式である。戦乱など不安定な状態に国家があり続く戦国の世の日本では、武士は十五歳で元服と言って一人前の武士とし、主が早く跡を継がしたい、力があるうちに一人前に成ってもらいたい、次男、末男はあくまでも補佐である。 しかし、古来我が日本は末子に位を継がすのが伝統であり、少しでも永く継続する事に重きを置き、末子が育つよう長子達が見守って行く補佐役 というのが日本の本来の姿である。

 日本の美風は、何事も〝続く事〟に重きを置く事である。決して支那の易性革命(皇帝に権威が無くなってしまえば、国を治める資格無し、武を持って打倒し、新たな王朝を建てること)思想で、支那から来た仏教は心に重きを置くが、 我が日本は神道〝魂〟であり、決して廃れぬものであって色あせることが無いものである。何事も継続こそ力なり。恋も仕事も続ける事が大事で、続ける事、続く事が肝心である。陛下は宮中三殿賢所で我々国民のと安寧、世界平和を祈るのは勿論!!そんな事だけでは無い!!陛下は我々国民が背負った〝罪〟や〝穢れ〟を、『全て私に背負わせて下さい』と天津神国津神に神明の大前にて、天皇陛下は常に我々、国民(赤子)の幸せをお祈りなされている。これが大御心であり正に至仁の君、大君である。

  天皇陛下は我々国民の安泰と争いの無い平和を願い、そして祭祀なされている。祭祀の中に日本が在り、日本の中に祭祀が在る。二千六百年以上続く世界一の歴史を誇り、帝王でも国王でもない、それ以上の価値、皇室こそ我々〝日本人の心〟である。

 

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