​運動


●街頭宣伝…街頭などで、我々陣営が日章旗(日の丸)を掲げ、道行く人達に訴えかける街宣を目にした事がある人はいるでしょう。道行く人達の大半は『右翼が何か言ってる』『誰も聞いて無いのに、飽きずに、よくやるなぁ~』『そんな事を語っても何も変わらん』などと思っている人達がほとんどでしょう。それでも、我々は街頭に立ち訴えるのか…それは国を憂う、この祖国日本を何とか守りたいと云う、愛国心が、我々の心を突き動かすのです。
●いわゆる右翼団体の中には、アジア主義的な観念を色濃く残す団体や親米反共、思想心理的な結束の結合が多く、ひとえに右翼と云えど団体により考えや活動内容などは違います。右翼団体は、現在は数が少なくなっており、若者も愛国心より個人的な価値観に走り、少子化などの影響で人数は減少傾向に有ります。そして大半の団体の方々は正業に就き、活動は週末の土日がほとんどです。街頭に立ち論ずるが、そこには何の儲けなく、一般的には後ろ指をさされ色メガネで見られる、それでも、国を憂う気持ちが我々を突き動かすのです。右翼活動家は勤勉・納税・労働の三大義務を守っている方々が多いのも事実です。しかし現在、我々陣営を一般的にはネットなどの左翼陣営の作った投稿欄を見て、似非右翼が犯罪を犯したり、
右翼構成員は在日朝鮮人などと、左翼は巧みにツールを利用し、プロタガンダ的な観念を発信し、右翼=朝鮮人=反社と連想してしまいます。一面、一部を見ただけで判断し答えを出す、そして固定観念とする風潮があります。では、街頭で誰も聞いてくれないのに何故しゃべるのか?、それはしゃべる事に価値は有りません。しかし街頭に立ち来る日も来る日も立ち続けて、独りでも聞いてくれる人の為に論じるのであって、国を憂うからこそ立ち続けている訳です。そして我々陣営は時より大使館や領事館、政府機関などに抗議文を出しますが、大半の人達は『そんな事しても何も変わらん』と揶揄する人達が大半である。これも我々の考えは、変わる変わらんと云う事に重きを於いていない。其処に訴えかける事に、我々日本人の存在価値の為にする行為である。祖国日本が何だかの攻撃を受けて何喰わぬ顔で自分達に関係無いなど云えません。変わる変わらん、誰も聞いてくれない、それは外面的な価値観で浅はかな感覚である。我々が動く時は外面的な価値観でない、心情的な日本と云う祖国の存在価値の為に動く。団体により、反共・親米・反米・対米・反政権など一人一党と云われる様に思想真理や活動の内容も違いが多いが国体護持に対しては、どの団体も想いは同じである。右翼と云われ我々陣営の中には、愛国心や思想の無い、似非も存在する、また、素晴らしい活動をしている団体もある。噂や一面一部で統べての答えをを出す?一般の方々は人生観も答えを簡単に出しているのか?簡単に答えが出るなら誰も人生なんか失敗しません。
●愛国心
愛国心は自分達が産まれた国を愛す事ですが、愛国に行き着く人は、今の日本に何人いるのか?愛国心の前に必ず家族を愛する、仲間を愛する、次ぎに郷土を愛する、そこで初めて愛国、つまり国を愛するに繋がります。
そして愛国の行き着く処には、必ず天皇陛下の存在が有ります。つまり尊皇です。天皇陛下=日本であり日本=天皇陛下と云う処に、愛国の頂きが有ります。
●勉強…我々陣営は時局問題や歴史的な事、古事記や日本書記を始め様々な日本の成り立ちや、現在の日本の姿を学び、考えています。その中で新たな自分たちの考えや、行動に様々な影響を受けます。思想は生き物ですから変化しますが、本質の愛国心は不変な物です。団体により勉強会や定例会などで教えたり、共に学び合う団体や、自分達で勉強し考える自己啓発的な団体など様々な団体が日々勉強しています。
ですから市民団体やネトウヨの様に、日の丸を掲げて『朝鮮人死ね‼』など差別的排外的な活動はしません。ネトウヨや市民団体など差別排外的な活動は男がする事ではありません!思想的心情のみが、我々を突き動かしています。
●意義…我々は、いつの時代にも存在する。人間が世に生きている限り、人は集まり、社会を形成する生き物であるから。必ず思想が産まれる、思想は生き物である。しかしながら日本の場合は、保守=右、革新=左、という世界観に、我々の存在意義は無い。日本の民族派は保守と革新の二大対極に問わず。尊皇が有るか無いかで決まる。反体制が左翼のカテゴリーに収まるなら、西郷隆盛や玄洋社は左翼の源流となる。日本の場合は、世界観の左右の観念に入らない。左(革新・民衆)右(保守・政権)しかし我々陣営の民族派は保守・政権では無く、尊皇の国体護持であり、政権権力による日本では無い。
●カテゴリー…右翼活動家、民族運動家、思想家、右翼、民族派、新右翼など、様々な呼び方があるが、明白なラインは無い。一誠塾は、新右翼のカテゴリーに入るらしいが、私自身は良く分からない。私自身は、ただ戦前の思想真理を研究して、そこに価値を見いだし、その中で本来の日本人の価値観や心情を見いだすスタンスを摂っているだけで、新も旧も無い。これは人の感受性や思考だけの世界観で『尊皇』だけが唯一示し表す、我々の全ての陣営の同一性である。国の為だけなら革新左派にも存在する。しかし彼らはには、日本=天皇陛下・天皇陛下=日本と云う、結論には至らない。我々の頂きには必ず『尊皇』がある。尊皇派、勤皇派、皇道派なる呼び方が望ましいと私自身は感じる。

●方向…我々の、目指すべき方向は、日本人の道徳心、誇り、先人や祖先に感謝、など日本人の精神や心情の再生が目的です。団体により違いはあるが、ほぼ同じでしょう。我々、いつの時代も存在する。運動の形は時代と共に変われど、しかし我々を、突き動かす憂う心は不変である。其処には必ず日本と云う、我々の、日本人としての矜持がある。












iPhoneから送信

© 2023 by Don Richards. Proudly created with Wix.com